SNS と メールを区別できない人たち

無類のかき氷好きとしても知られる竹田圭吾さんがメルマガを始められたということなので、さっそく購読してみた。

冒頭の挨拶に続く【2. コメンテーターしごと日誌】かき氷5杯と参院選レビューの巻と題されたコーナーで、テレビ番組でのご自身の発言を紹介:

自分のコメントの番。いやいや、投稿はいい写真とかおもしろい写真とかもあるわけで、たんに承認欲求の現れ。バッシングはたしかに過激だけど、SNSで拡散が速くなっただけで、やってることは私たちの社会に大昔から存在することと変わらない。
ニュースの読み方 The Live vol.1 珠玉のかき氷と参院選レビューと<悪魔の代弁人>の号 > The Book Project 夜間飛行 | 受信箱に本が届く

おそらく、これらのニュースを「型にはめて」報じようとした制作サイドに反論する格好のコメントなのだけど、気になったのは以下の一節。

SNSで拡散が速くなっただけで、やってることは私たちの社会に大昔から存在することと変わらない。

確かにその通りで、「調子に乗ってこんなことしてやったぜ」自慢は今も昔も枚挙にいとまがない。けれど、昔だったら内輪に閉じてたはずの自慢を、なんでこうも簡単に発信者自ら SNS に出してしまうの?バカなの?死ぬの?

と思っていたら、こんな指摘が。

激しく同意。似てる→慣れる→区別つかなくなる、のループにはまって失敗した経験、誰しも1つや2つはあるはず。

偉そうなことは言わずに、大人は責任を果たそう

iPhone でいえば

  • メッセージ(標準アプリ)
  • LINE
  • ツイッターやフェイスブック

を区別して使えてる人ってどれくらいいるんでしょうね?段階を踏んでそれらを使ってきた20代以上と違い、全部いっしょくたに手に入れる今の10代にはそれは難しくなりつつあるのかもしれない1

よちよち歩きしか出来なかったから自分を含めた大人は危ない目に合わずに済んでるだけ。知らぬ間に高速道路に乗せられてる10代の中高生に、大きな顔をせずきちっとこの辺を説明し続ける責任を大人は果たせているのかな、と思ったりした。

幸い自分は息子に説明するまでにまだ時間があるから、油断せずに情報収集と準備をしておくつもり。


2013/08/08 追記

「彼らは馬鹿だから」で済ませちゃいけないのは間違いないけれど、正当法である教育での対処はその膨大さに早くもめまいが…変な規制やルールを持ち込ませないためにも、大人が意識高く持たないといけないってとこでしょうか2


  1. 地元の非公認キャラ活動の一環で中高生たちのツイッタータイムラインを眺めてみたのだけど、プロフィールに学校名、本名、自分の写真を載せ、ひたすらリプライを送り合ってる中高生が何人もいた。

  2. オチがないなぁ。結論はシンプルってとこでしょうか。