「字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ」太田直子
字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ (光文社新書)
太田 直子
光文社
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もちろん、気分転換や暇つぶしでもかなわない。笑って泣いてすっきりするのも効用だ。「映画はわたしの人生の教科書です」などと言うのはやめておこう。気紛れに取る副読本でいい。

20年に渡り1000本以上の映画に字幕をつけてきた映画字幕翻訳家、太田直子さんのエッセイ本。上の引用はあとがきの一節なのだけど、タイトル然りこの一節然り、「映画大好きっ!」だけでない、酸いも甘いも噛み分けた歯に衣着せない文章がとても爽快な1冊だった。

翻訳の苦労話にはじまり、字幕翻訳の歴史、業界裏話、と映画字幕にまつわるエッセイが中心。とはいえそこは言語の専門家、「句読点の苦闘」と題されたエッセイでは分かち書きにまつわる日本語の歴史なども紐解かれていて1興味深いところ。

ざる知識のススメ

ぜひ読んでほしいのが「ざる知識のススメ」というエッセイ。ざる知識とは筆者の造語で、ざるで水をすくうがごとく、頭に入れてもすぐに忘れてしまういい加減な知識のことなのだけど、そんなざる知識でも懲りずにすくい続けることを推奨している。

これは、生涯学び続ける意欲を絶やさないためのスタンスとしてとても有効だと思う。過去の記憶や経験だけに頼らず、知ったかぶりをせず、疑問があったらざるを片手に新しい知識をガサッとすくってみる。そんなスタンス。

以下はあとがきの一節なのだけど、

この仕事をし続けてよかったなと思える効用のひとつは、さまざまな価値観が世界に存在することを、理屈ではなく体感として経験できたことだ。要するに、世の中なんでもありだとわかり、少々のことには動じなくなる。離婚や中絶や死や心の病や一家離散もあたりまえ、戦争もテロも宗教対立も死後の世界クーデーターも弾圧も暴力もマフィアの抗争も天災も、日常茶飯事。

映画から得られる多様な価値観体験を右手に、ざる知識学習で養われる広く柔軟な知識を左手に携え、自分の道を切り開いていきたいものだ。

併せて読みたい

字幕屋通信 「酔眼亭夜話」 バックナンバー
著者による季刊WEB掲載なエッセイ集。今も更新されてます。


  1. 句読点で文章を区切る現在の日本語記法は戦後のものだとか。朝日新聞は1950年頃から採用したらしい。